今思うこと。

今日も輝けるひとつの海をのぞいてくださりありがとうございます。



最近思うこと。

コロナや災害や世の中たいへんな時に、こんなのほほんとブログを書いてていいのだろうか?


感染者ゼロの岩手県でもついに出てしまいました。

実は私はその岩手県在住です。

政府の的の外れた「GO TO〜」のお陰で近くのホテルには車が増え、家の近くには観光客らしき人たちがウロウロ…時間の問題だろうとは思っていましたが、意外な早さでした。

油断してマスクしていない人も結構いたりした。
最後の砦だったここも広がっていくのかもしれません。

私は接客業、ぶっちゃけ3密もいいとこ。
コロナでも関係なく忙しい。
仕事は命がけで臨んでます。

本気で、
命かけてます。

だからこのブログも命がけで書いてます。

残された時間の保障なんてどこにもない。


震災を経験してから人生観が変わりました。

死ぬかもしれない、という恐怖を経験してから“明日がやってくる”という当たり前のことが当たり前だと思えなくなりました。

こんな世の中になってしまって、この未曾有の事態の中、見えない敵と本気で戦う気が全く見えない国のトップの方々に、自分の大切な命をあずけるわけにはいきません。

自分の命は自分で守る、自分の生き方は自分で決める。
誰にも頼らず、何事にも依存せず、誰とも比べず、誰をも責めず恨まず、自分だけと向き合って生きる。

“明日はやってこないかもしれない”と一日一日を悔いなく精一杯。

毎日の終わりに
“今日は一日幸せだったか”
と自分に問う。

“はい”
と答えられるようになった。

そんな生き方が
できるようになったのは─

アダム・ランバートに
出逢えたからだ。


アダムとクイーンの8年間を追っかけて見えてきたものが余りにも輝いて見えた。
そんな見えた景色を自分の言葉で残したい。

私が人生最後に出会えた、やっと見つけた着地点。

私の今までのいろんな苦悩や悲しみがすべて無駄ではなかった、ここに辿り着くためにあったのだと今は安堵している、心から。


私には時間がない。

いえいえ、余命いくばくとか、ではありません、もちろん。

“明日生きている保障はない”という中で生きている私ですから。


まだ100近くのセットリストが私を待っている。

このブログを書き終えるまでは息絶えるわけにはいかないのです。


私の生きた証、そして

“遺書”なのですから。

これを遺せたらもう何の悔いもありません。


(あー、これは嘘か…
憧れのロンドンO2 アリーナにも行きたいし、フレディの銅像に会いに行く夢も果たせてないが…)

まあそれは死んでからでも行ける…かな(笑)


なので、
私は書き続けます。
ブレない、と決めたから。


毎回、ブログを書いてて思うんです。

いつも同じように曲を並べて同じようなレポート書いて(だってセットリストはほとんど固定ですから!)
もう、今回は書けないかも、今日こそはネタ切れかもって机に向かうんです。

案の定、一行も書けない時もあります。
全然、言葉が出てこないときもあるんです。

でもいつの間にか…
書けるんです、なぜだか。
突然フツフツと湧いてくるんです、
ことばが。

不思議です。
誰かに書かされているような、時々そんな気がしたりします。



なんだか、
話があちこちに飛んでしまいましたが、こんな今の心境を綴っておこうかなあと、ふと思いました。

今、伝えたいことは今、伝える。
悔いのない一日一日を。


こんなことを言うのはバチあたりかもしれないけれど、

今の私は毎日アダムと過ごせる日々がどうしようもなく幸せでこれ以上のことは何も望みません。

ひとつだけ願いがあるとすれば、
アダムが再びステージに立てる日が
来ますように。


それだけです。

何度でも言いますけど

神さま

お願い。







豪雨災害に遭われた皆さまの一日も早い復興をお祈り申し上げます。

そしてコロナウイルス感染症で苦しむ患者様、医療従事者の方々、事業主の皆さまが一日も早く元の生活を取り戻せますように。






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