今日も輝けるひとつの海をのぞいてくださりありがとうございます。
先日、映画 「Bohemian Rhapsody」が
NHK地上波で放映されました。
私がテレビの前で仁王立ちになり
待ち構えたのは
もちろん、あのシーン
アダムっ😍😍😍 pic.twitter.com/bBs10FvQW2
— milkyseas (@milky_seas39) March 27, 2022
毎回バ○のひとつ覚えみたいに
同じツイートを繰り返すワタクシ
この映画、テレビで放映される度に巷のSNSはクイーンファンで大盛り上がり
クイーンファン、とひと言で言っても様々ですよね。
デビュー当時から追いかけてきた筋金入りの往年のファン。
何となくヒット曲だけ聴いていた、レコードも2~3枚買ったかなあ…くらいの宙ぶらりんなファン。
そんな昔のファンがこの映画でクイーン熱が再燃したり、映画をきっかけにクイーンを知り魅了された若い世代。
懐かしんだり、感動したり、事実と違うと突っ込みを入れたり、この映画は観る人によって色々な楽しみ方がある。
どうやってクイーンと出会い、彼らとどんな人生を歩いてきたか、これから歩いていくのか…観る人の背景によって様々な物語を紡いでいく。
公開日
イギリス🇬🇧 2018年10月24日
アメリカ🇺🇸 2018年11月2日
日本🇯🇵 2018年11月9日
最初にこの映画の企画が世に出たのは2010年9月だった。
英国放送協会(BBC)のブライアンへのインタビュー内に於いて「バンドの歴史に関する今後の映画プロジェクト」という名目で発表された。
しかしその後、2013年7月にフレディ役のサシャ・バロン・コーエンが降板を発表。
これに対しクイーン側(ブライアンとロジャー)も方向性の違いがあったとコメント。脚本家、制作チームもクイーン側との食い違いがあったことを認め、映画制作はふりだしに戻った。
その後、新キャストとしてベン・ウィショーがフレディ役へ浮上。監督候補も名前が挙がっていたが、相次いで離脱や降板により製作陣のラインナップは難航。コーエンやウィショーの再登板の噂も出たがいずれも実現していない。
2015年11月、脚本家のアンソニー・マクカーテンがプロジェクトに加わり、クイーンの楽曲『Bohemian Rhapsody』というワーキングタイトルで動いていることが明らかにされた。
ここが映画「Bohemian Rhapsody」の誕生となる。
2016年に監督ブライアン・シンガーを据えるため交渉に入り、フレディ役にラミ・マレックがキャスティングされた。
さらに20世紀フォックスとニュー・リージェンシーが取り仕切ることを発表し、年内にロジャー役とメアリー・オースティン役がキャストされたが、この二方は後に変更されている。
2016年11月4日にはラミ・マレックがフレディ役に正式決定。
2017年8月21日にはロジャー役のベン・ハーディ、ブライアン役にグウィリム・リー、ジョン役のジョゼフ・マゼロなどの正式キャストが追加発表された。
2017年8月30日、ポール・プレンター役にアレンリーチが加わった。
2017年9月6日 にはルーシー・ボイントンがメアリー・オースティン役に決定。その後、レイ・フォスターがEMIレコード社長役、そしてアーロン・マカスカーがジム・ハットン役として決定している。
2017年7月から撮影が行われ、同年12月末に撮影を終えている。
マレックはフレディ役のオファーを受けた際、クイーンの知識はそれほど持っていなかったという。
役作りのため喋り方の習得、義歯の使用、ムーブメントコーチとの激しいセッションなどを行い、役の構築に努力を重ねた。
歌唱シーンは原則的にフレディが実際に歌った音源を流用しているが、一部はマレック自身が担当したほか、クイーンの公式トリビュートバンド「クイーン・エクストラヴァガンザ」のボーカルを務めるマーク・マーテルの音源も使われている。
(Wikipediaより拝借)
さて、映画についての基本的なことを長々書いてきましたが、皆さまにとっては周知のことであり、公開されて3年以上もたって映画の説明も今さらって感じですよね
ただ私自身、まわりの人から突っ込まれて答えられなかった部分が多々あり、こりゃいかん💦と改めて復習させていただいた次第です。
先に記した通りフレディ役のマレックは、“クイーンのことはあまり知らない”というスタートラインから、実際に一部ではありますが、彼自身の声を使うところまで辿り着いています。
どれだけのプレッシャーがあったかなどとは、簡単に私たちが口に出来るようなことではありません…。
と、、、あれ?
このセリフ…
どっかで聞いた(書いた)ことあるような…?
あっ、うちのお坊ちゃまだ
アダムくんと似てますね。
(ハイ!今日は出てこないと思ってた人~
結局話はここに来るってことね🤭)
アダムの話に入る前に映画について少し、私の感じていることをお話ししておきたいと思います。
(また長いの?…いえ今回はサクサクと行きますよ!)
この映画最初に書いたように、まあ人によっていろんな見方、捉え方があって当然だと思います。
あくまでも私の勝手な呟きだと思って、お聞きくだされば幸いです。
この映画を紐解く時に起こりがちなある論争…話の論点の分かれ道は、この映画をドキュメンタリーと捉えるか伝記映画と受け止めるか…
とここはこの二つの違いでさえ専門家の間でも様々な見解があるため、私みたいなド素人が首を突っ込むのはやめておきましょう
ただ言えるのは事実に基づいた記録=ドキュメンタリーと捉えるなら、やはりファンとしてはあそこが、ここが、順番が違うとか突っ込み所満載になりますよね。
往年のファンの方たちの記憶力というか、そんな細かいとこまで何でわかるの?ていう生き字引のような(尊敬の念を込めて🙏)クイーン愛には心から敬服いたします。
私は以前、ブログの中でも暴露した通り、コテコテのクイーンファンではなかったので、映画を初めて見た時もその辺の突っ込み所はほとんど分かりませんでした
ただ物語の進行をドキドキ見守るだけで精一杯、最後の20分で魂が震え上がるまで何ひとつ考えられませんでした。
今、こうやって何度も観ていると、この映画がいちばん伝えたいことは何だろう?ブライアンとロジャーは何のためにこの記録を残そうとしたんだろう、と考えるようになりました。
するとこれはクイーンの物語の記録というより、フレディの伝記映画としての意味が強いのかなあと感じています。
フレディの辿った人生そのものと彼の遺した素晴らしい楽曲、そして歌声。
フレディが確かにここに居たんだという事実を“映画”という媒体を借りてこの世に残したかったのかなと、そんなことを感じました。
そう思うと、例えばフレディ自身が不治の病だとカミングアウトするシーン、あそこは実際はもっと後の話ですが、映画的にはライブエイドで終わるのがベスト、でもフレディのカミングアウトは事実として劇中に残したい、そうなるとリハーサル中のあの部分しかなかったんだと思います。
事実に基づいてない所もあるけれど、作品的にベストな形に持っていくために、真実がきちんと描写されるのであれば作品として脚色、編集することは問題なかったのではと思います。
逆にあそこが、ここがとファンが突っ込む楽しみもさらっと入れ込んでくれていると捉えれば、これはこれで素晴らしいファンへの贈り物だと思います。
そしてこの映画が往年のファン、新しいファン、老若男女問わず、全世界で大ヒットした陰には、そう…そこにはクイーン+アダム・ランバートの功績があるということは忘れてほしくないなと…
2012年からQALのボーカリストとして活動を続けてきたアダム・ランバート。
ツアーを重ね、先のことはわからない、目の前にあるステージ、クイーンの曲を聴きたいと思ってくれる人が居る限り“演り続ける”というバンドの信念に支えられ、想像を絶するプレッシャーと困難な道を辿ってきたのが2016年までだった。
まさに今ライブレポートで進めている
2017年北米ツアーからは
QALの第2章だと私は思っている。
アダムが苦しみもがいてきた4年間を経てオリジナル曲“Two Fux”を発表した17年からは、アダムにとって遂に訪れた飛躍の時だ。
2018年欧州ツアーを7月に終え、その3ヶ月後に映画「Bohemian Rhapsody」が公開された。
その頃のアダムは、有無を云わさぬクイーンのフロントマンと呼ぶに相応しい実力と存在感が備わっていた。
(私はいつもアダムはクイーンのフロントマンではないと声を大にして言っているが、ここはアダムの位置づけを分かりやすくするために敢えて今回は使わせていただきました。)
2019年北米ツアーからは『ラプソディ・ツアー』と銘打ってツアーを行っている。
映画の公開は2018年10月、じゃあこれは映画が成功したから『ラプソディ・ツアー』なのかと思われがちだが、実は『ラプソディ・ツアー』の発表は映画の公開より前の2018年1月24日なのです。
ハイ、この記事の最初の方を
遡ってみましょう
(大変だったからもう一度書きますね💦)
映画の撮影が終了したのが2017年12月末になっています。
ここから1ヶ月とたたないうちに『ラプソディ・ツアー』を発表。
あの攻めることに手を抜かないブライアンらしい、前のめりな決断だったと思います。
それはQALがやってきたこと、アダムがやってきたことは間違いではなかった、フレディの遺志はしっかりとアダムが受け継いでいると確信していたからだと思います。
映画が成功したから『ラプソディ・ツアー』をやろう、ではなく、映画の成功を確信していたからこそ『ラプソディ・ツアー』と銘打つことが出来たのだと思います。
QALの存在がなかったとしても、映画は…
成功していたと思います。
しかしアダムの功績があったからこそ、映画『Bohemian Rhapsody』の真髄が、何度も暗礁に乗り上げながらもブライアンとロジャーが残したかったフレディの真の姿が、きちんとした形で伝わったのです。
それは映画の描写が素晴らしかった…ことももちろんですが、やはり映画の成功を大きく左右したのは、曲です。
曲が生きて、
届いたからなのです。
一度はその灯火を閉じたクイーンの楽曲たちに再び命を吹き込み、きちんとした形で継承し、アダムは見事に再現した。
あのフレディとは似ても似つかぬアダムが、ひとたびクイーンの曲を口にすれば、誰もがそこにフレディの姿を見たことでしょう。
映画の中のフレディが生き生きと語りかけてくるのは、その姿を実際に見てきた往年のクイーンファン、そしてフレディのことを知らない世代にも、クイーンが過去のバンドではなく、曲そのものが生き続けていることを体感できているということなのです。
それがアダムが8年間
クイーンとしてステージに立ってきた意味、
なのです。
先日の映画のテレビ放送が終わったあと
私はふと、ある事に気づきました。
何故このタイミングだったのかは
わかりません。
ライブエイドの時の
フレディの年齢は38歳。
そしてライブエイドを再現した
2020年オーストラリア森林火災の
チャリティライブ
Fire Fight Australiaのステージに立ったアダムも…
なんと、同じ38歳だった。
これは偶然ですか?
2020年の来日公演を終え、オセアニアツアーへ向かったQAL。
チャリティライブの前日に、ツアーとしてたまたまシドニーの同じ会場での日程が組まれていた。
同時期、オーストラリアが大きな森林火災に見舞われ、偶然にもチャリティライブをすることになった。
たまたまそこに、前日に日程を消化したQALがいたわけだ。
ブライアンは迷わず
ライブエイドの再現を決めたという。
同じ会場で前日にステージをこなしていたので
たぶんリハーサルもそこそこで
手応えはあっただろう。
QALライブ盤『LIVE AROUND THE WORLD 』にも全編収められているこのステージは、何度観ても感動が蘇り涙が汲み上げる。
フレディも確かにそこにいた…
そう思えるステージだった。
なんとも起承転結のない文章となってしまいましたが、、、思いつくまま一気にここまで書きました。
映画「Bohemian Rhapsody」をドキュメンタリーと捉えるか、伝記映画と捉えるか、などという壮大な疑問を途中で投げかけましたが、もはやそんなことは問題ではないと思えてきました。
映画『Bohemian Rhapsody』は
フレディがこの世に生きた証。
これは終わりのない伝説。
フレディの遺した楽曲たちは
永遠に歌い継がれていく。
その手助けをアダムはしただけだ。
音楽界の、人類の宝が守られていくために。
フレディの伝説を受け継ぎ
ライブエイドの再現という
また新たな伝説をつくり上げた。
アダム
フレディと同じ38歳で
そのステージに立つ。
2020/2/16
Queen + Adam Lambert
Fire Fight Australia
(Live Aid Full Performance)
〈setlist〉
Bohemian Rhapsody
Radio Ga Ga
Ay-oh
Hammer To Fall
Crazy Little Thing Called Love
We Will Rock You
We Are The Champions
(画像・映像お借りしました。)
コメント
milkyさんの考察力と表現力、愛にくるまれた文章の一つひとつのおかげで、私も思いを馳せることができます。映画公開までの紆余曲折についても全然知らなかったので学びになりました。アダムの存在が(映画ボヘラプの意味づけは人それぞれながらも)フレディの生きた証をさらに強力にこの世に刻み、Queenの楽曲を後世へつなぐ架け橋となってるのは間違いないと私も思えました。年齢の偶然も…!何か鳥肌が立ってしまいました! 長々とここに書き込んですみません。
私もこの映画のこと実はあまり知らないことに気づき調べ始めたらこんなに紆余曲折を経て世に出た映画なんだと気づきました。この作品はいろんな人たちのいろんな角度からの切り口で無数の解釈があると思います。なので私も自分なりに客観的な目線といつものようにアダムを切り口にした超主観的な想いを綴らせてもらいました。アダムのやってきたことがもしかしたら間違っていたのかもしれない。いつも私は強気なことを発言しながらそんな思いは少なからずあり、ブライアンやロジャもアダムのソロキャリアを奪ってしまっているという思いも含めそんな迷いはあったと思います。でも、でも最後のあの21分が観る人の心を揺さぶったのは間違いなく曲が生きて届いたからです。アダムが新しい命を吹き込んだ楽曲たちは確実に皆の心に届いていた。間違っていなかったと思えました。
アダムに白羽の矢を立てクイーンに導いたのはフレディの仕業だと思っています。自分の遺した曲たちをきちんと継承できるのはアダムしかいない、そしてブライアンとロジャのことを託す意味でもアダムは選ばれた。彼のソロキャリアは奪われたかもしれない。でもそれ以上の経験と愛情を注がれた12年はかけがえのないものだったと信じています。アダムが選んだ道です。黙って私は応援していくだけです。
これからもQALとアダムのことをよろしくお願いいたします。コメントいただきとても嬉しかったです。ありがとうございます。
こんにちは。お忙しいなかこんなにたくさんの返信を書きこんでくださり感激です。最近ますます深みにハマっておりmilkyさんのブログを読むだけでも知らぬ間に時間が経過してしまいます。今、LIVE AROUND THE WORLDをかけながらこちらを訪れています。
Instagramやyoutube、Xといった写真や動画、拡散されるポストが伝えるものは大きく瞬時に広まり、今の時代そういった面で情報が届くことは恵まれていますが、
やはりそれらに添えられる、こうしたまとまったテキストでの深い考察、洞察があってこそ語り継いでいけること、体にしみ込むものがあると、milkyさんのブログに改めて思えてしまいます。何だかすごくお礼を言いたくなります。ありがとうございます。
BS松竹東急で放映されたQALのShow Must Go On もまだ1度視聴しただけなので細かいところを見落としているとは思いますが、アダムが相当の覚悟とプレッシャーを背負い、また敬意を持ってQUEENの曲を歌い継いでいることは分かれど、(←こんな簡易な言葉で言い尽くせないほど)
それが彼のソロキャリアを犠牲にする、奪っているというところに結びついていなかったんです。私がQUEENのファンというより、つい最近QALのファンになり、QUEENの曲をアダムを通して知った面も多いからでしょうか。これも彼の前人未到唯一無二のキャリアだと思っていて。フレディという偉大な存在があってこそなのはもちろん。
でもQUEEN、フレディ・マーキュリーをずっと愛し続けてきた方、そしてそして、この12年アダムを応援し続けているグランバートの方たちにとっては、アダムの存在がここまで認知し浸透されるまでとてももどかしく、(批判めいた声も届くなど)この活動の意味を問い続けてこられたということも伝わってきて。
何が言いたいかわからなくなってしまいましたが、様々な紆余曲折、歴史、まだまだ私の知らないQUEENとアダムのことを、またこちらのブログも通して知っていきたいと思えています。milkyさんの無理のない範囲で、更新楽しみにしています。(まだぜんぶ読み切れていませんが(^^ゞ) お返事のお気遣いなくです。
仰っしゃりたいこととてもよくわかります。
私は映画Bohemian Rhapsodyから再燃した前回2020年の来日と今回の来日は全く別物と考えています。
QUEENというのは様々な形のファンがいてその想いもいろんな形があり、今回は特に年末の紅白からいらした新しいファンの方が増えメンバーやアダムもその事をきちんと受け止めてくれていると感じました。私自身のXのアカウントでも言及していますし、また今後のレポートの中でも記していくつもりでおりますが、そう感じたひとつの大きな理由は手をとりあってのヴォーカルをアダムがとったと言う事です。
この曲はこれまではブライアンがアコギの時間に単独で歌っていました。周知の通り日本限定曲でありQUEENと日本のファンの絆を象徴する曲です。ファンとの絆の深い曲に新しいファンは…どうでしょう。私なら少し遠巻きに構えてしまうというかなかなか入っていくには勇気がいると思います。でもアダムが歌ったことでその印象は180度変わりました。
ブライアンがアコギで披露するLove of My Life、手をとりあってはQUEENと古参のファンとの聖域、アダムは踏み込まない領域だと思っていたからです。そこへアダムに“お前が行って来い”と彼を投入したブライアンとロジャー(と敢えて言いますが←得意の妄想です笑)勇気がいったと思います。でも彼ならやってくれると信じていた。アダムはこの曲に敢えて感情を込めずシンプルに歌い上げ、聴く人が感情を入れ込む隙間を作り、古参のファン、新しいファン、誰もが参加できる曲にしたんです。(この歌い方は他のQUEEN曲のカバーにも言えることです)紅白を観てチケットを買ってわざわざ足を運んでくれたファンにも楽しんでもらいたいという気持ちが伝わってきて、改めてアダムランバートというシンガーの才能と思いやりの深さに気づき…実はそれに気づいたのは東京初日の手をとりあってが始まった瞬間でした。(それまでは私は違う解釈をしていました)その時の手をとりあっての日本語のところはもう涙が溢れておいおい泣いてしまいました。(自分の動画にもしっかり入っています笑)私の好きになったアダムはやっぱり凄い人だとひとりで感動に浸っていた次第です。
つい最近ですがQALの活動がアダムのソロキャリアを奪っている、ブライアンとロジャが彼にいろんなことを要求して負担をかけているという投稿を見かけ、ソロを支持してきた古参のアダムファンの方たちから見ればそう感じるのかもしれませんが、少なくともこうやってステージでの彼を観ているとフレディの遺したQUEENの楽曲を歌い繋いでいくことに意義と誇りを持ってステージに立っている、12年のQALのキャリアを過ごしてきたと私は感じています。
私のブログはアダムに偏ったどこまでも自分本位な内容です。誰のためでもなくアダムの記録と自分のため、自分の生きた証となるようにと書き記しているものですが、そんな記事にもこうやって目を通してくださりわざわざコメントまでくださる方が見えることが有り難く、そして何よりも励みになります。私こそお礼を申し上げたい気持ちでいっぱいです。
2年前のYouTubeのアカウント削除から自分の動画を投稿することが殆どまだ出来ないでおりますので欧州2022以降の自分が実際に行ったいくつかの公演の記事は下書きに入ったままですが、今回の来日公演のブログは何とか自分の動画で公開したいと思っています。お届けできるよう頑張りますので今後とも気に留めていただけたら幸いです。